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対話大全:カロリーメイトで学校が荒れるかもしれない

はじめに

この記事では、ある中学校でのカロリーメイト禁止問題を通じて、学校と生徒、そして親との対話の重要性について考えてみました。

まずお伝えしておきたいのは、私自身は子どもたちが通っている学校がとても大好きです。先生たちも熱心で、子どもの成長に熱心に向き合ってくださっています。本当に感謝しています。この問題を取り上げるのも、先生方が真剣に教育に向き合っているからこそ、その過程で生まれる小さな「ずれ」や「行き違い」に対して考えるきっかけになればと思っています。

この記事は決して「私の意見が正しい!」と主張するものではありません。あくまで一つの親としての意見であり、対話のきっかけとして読んでいただければ幸いです。特定の考え方を否定したり、批判したりする意図は全くありません。「こんな考え方もあるんだな」という程度で、軽く受け止めていただければ嬉しいです。

学校からの連絡

私は4人の父親で、末っ子が中学生になったばかりです。先日、末っ子が帰宅後「カロリーメイトは学校に持ってきちゃいけないんだって」と話してきました。最初は「昼食としてカロリーメイトだけを食べることに対して、学校からもっとバランスの良い食事を求められたのかな」と思いましたが、どうやら事情は少し違っていました。

学校のルールによると、カロリーメイトはお菓子と同じ扱いだから、学校に持ってきてはいけないということのようです。この連絡に家族全体が驚きました。「栄養補助食品であり、特に健康に配慮した食品として多くの人が利用しているカロリーメイトが、なぜお菓子扱いになるのだろう?」という疑問が湧きました。

先生の主張

学校の先生方からの主張は以下のようなものでした:

  1. カロリーメイトはクッキーと同じ「お菓子」であり、学校でのお菓子の持ち込みは禁止されている。
  2. 他の公立校でも、カロリーメイトのようなものを持ってきてはいけないという校則やルールが一般的である。
  3. このルールは正式な校則として明文化されているわけではないが、明文化されれば従わなければならない。

これらの説明を受けて、「学校のルールには従うべきだ」という気持ちはもちろんあります。しかし、このルールがどのように決まったのか、その背景や意図について、もう少し対話が必要なのではないかと感じました。

対話のねじれが学校を荒らすかもしれない

この話を聞いたとき、私には不安がよぎりました。「この学校は将来、荒れるかもしれない」と思ったのです。これはあくまで私の個人的な感想ですが、学校内で暴力やいじめ、不登校などの問題が増加する可能性があると感じました。そして、先生方がどれだけ一生懸命に対策を講じても、その問題は逆に大きくなっていくかもしれない、とも思いました。

なぜそのように感じたのでしょうか。それは、学校と生徒、そして保護者との間に「対話のねじれ」が発生しているように見えるからです。ルールや規制に関して、学校側の意図と生徒・保護者側の理解が噛み合っておらず、そこに溝が生まれてしまっているのではないでしょうか。

ねじれ1:意味のねじれ

ねじれ1: カロリーメイトは、クッキーと同じお菓子である。

カロリーメイトは、栄養補助食品1として一般的に知られています。栄養補助食品とは、栄養の補完を目的とした食品であり、健康的な食生活の一部を担うものです。対して、クッキーやスナックは嗜好品としての位置づけがあり、食事の補完ではなく、あくまで嗜好のために消費されるものです。

この違いにもかかわらず、カロリーメイトをお菓子と同一視するのは意味がねじれています。学校側がこのような解釈を用いて、カロリーメイトを禁止するのは、合理性に欠け、強引であり、時には暴力的とさえ感じられます。

ねじれ2:社会風潮や状況認知のねじれ

ねじれ2: 他の公立校などではカロリーメイトを持っていけない校則やルールが一般的である。

私は4人の子どもの父親であり、上の子どもたちは中学校や高等学校に通っています。しかし、これまで「カロリーメイトを持ってきてはいけない」という校則やルールを聞いたことがないし、注意されている場面も見たことがありません。

私の地元の公立校では、生徒会が自主的に校則やルールを定めています。つまり、教師による一方的な規則の押し付けはなく、カロリーメイト禁止のようなルールも存在しません。このため、カロリーメイト禁止というルールが一般的であるとは考えにくいです。

さらに、現在は校則やルールの緩和が社会的なトレンドとなっています。実際、厳しい校則を緩めた学校では、より良い学業成績が見られるという統計もあります。教育者として、こうした社会の風潮や現状に対する認識の不足が見受けられます。

ねじれ3:関心のねじれ

ねじれ3:カロリーメイトを持ってこないは、ルールであって明文化された校則ではない。

カロリーメイトを持ち込むことについての議論で焦点にすべきは、それが校則として明文化されているかどうかではなく、学校側が強制しているルールそのものの正当性です。たとえ明文化されていないルールであっても、学校内では生徒や保護者が従わざるを得ない状況が生まれているのです。

たとえば、別のケースでは、ある生徒が学習イベントに参加したいと考えていたが、部活動の顧問から「部活を優先しろ」と言われ、さらに「他の生徒にいじめられても知らない」という脅しを含む発言がありました。その結果、イベント参加を断念し、退部することになりました。これは、明文化された校則ではないにもかかわらず、顧問の一存で生徒に圧力がかけられ、従わざるを得ない状況が作られた典型例です。

このように、学校のルールが明文化されているかどうかに関わらず、生徒たちは事実上、教師や学校の都合で作られたルールに縛られてしまいます。

議論すべきは、明文化されているかどうかではなく、こうしたルールの正当性や影響です。学校は本来、自由で健全な学びの場であるべきなのに、実際には教師の都合によるルールが生徒たちの自主性や学びの機会を奪っているのです。

対話のねじれは根深い問題

学校内での対話の欠如や誤ったルールの適用が、生徒の自主性を否定し、倫理的な学びの軽視、さらにはストレスの増加へと繋がっています。

  1. 主体性の否定

    カロリーメイト問題に対して、問題提起をして建設的な提案ができる生徒もいるかもしれません。 しかし、現実的にはそれで解決にはなりません。 問題提起をする生徒に対して成績を下げるなどの学業上の不利益や、いじめを助長する発言や態度によって社会的な不利益を働く先生が存在しました。 建設的な提案をする生徒は潰されるのです。多くの場合、みんなの前で…

  2. 倫理や参加の軽視

    学校のルールや校則が過度に強調されると、基本的人権や学校教育の本来の目的である学びが相対的に軽視されがちです。厳しいルールの学校では、いじめや自殺の問題も報告されています。どうでもよいような細かいことばかり聞き続けることで、生徒に話を聞かなくてもよい、学校へ主体的に参加しないことを学習してしまうのです。学校が本来果たすべき教育の役割が、過度なルールの押し付けによって損なわれています。

  3. ストレスの増加

    建設的な提案も潰され、どうでも良いルールに縛られ、対話がねじれていく環境は、ストレスの温床となります。こうしたストレスは、いじめや暴力、不登校の原因にもなり、最悪の場合、命に関わる事件を引き起こすことさえあります。

    「校則の厳しさ」と「いじめ体験」には強い関係があり、理不尽な校則がない方がいじめは起きにくいという結果が出ています。(校則にしばられる生徒たち―浮かび上がる学校の歪み

    厳しいルールはストレスを生み、いじめや不登校の増加に繋がる可能性が高いことが示されています。つまり、どうでも良い「きまり」による厳しい規制は、問題を引き起こす原因となり得るのです。

対話のねじれが根深い問題であることは、単に校則やルールの是非を超え、学校全体の信頼関係や学びの質にも重大な影響を及ぼしています。このようなねじれた対話の中では、生徒の意見が無視され、適切なフィードバックがなされないため、健全な成長や学びの場が奪われていきます。

何より、コミュニケーションの根本的な機能が失われていることが、これらの問題の最大の原因です。対話がすり替えられ、意図がねじれて伝わることで、真に向き合うべき課題が解決されず、むしろ複雑化してしまうのです。

最終的に、健全で効果的な意思疎通が欠如していることこそが、学校という場における信頼や安全を脅かし、さらに深刻な問題へと繋がる大きな要因となっています。 そのため、対話のねじれを解消することが、より良い教育環境を築くための最優先課題と言えるでしょう。

子どもにできること

理想は、対話を続けていくことです。 しかし、 (1) 信念の歪みに気づかすに信じ込み、かつ (2) マウントを取ろうとする強圧的な相手との建設的な対話は現実的に難しいです。 大人同士であったとしてもコスト(体力や精神力、技術力)が必要とされます。

心拍数と歩数が表示されるスマートウォッチ(腕時計)を使う?と子どもに聞きました。 「カロリーメイトを持ってきちゃいけないような学校が許可すると思う?」と子どもは答えました。 とても「空気」を読んだ現実的な選択だと思います。

カロリーメイト問題は気にせずに、自分の好きな学習を行い、学生生活を楽しめれば良いなと思っています。

親にできること

親にできることは、子どもたちと対話し、先生と対話することです。

先日、先生と話す機会で、気になることがあったら早めに話してほしい、と言われました。 そこで、先生のお言葉に甘え、本件を伝えたところ先生からの回答が、この記事にある3点でした。

  1. カロリーメイトは、クッキーと同じお菓子である。
  2. 他の公立校などではカロリーメイトを持っていけない校則やルールが一般的である。
  3. カロリーメイトを持ってこないは、ルールであって明文化された校則ではない。

その場では、これらの回答に対して生徒たちとの対話をしてほしいとお伝えいたしました。

「先生がよく話を聞いてくれる」教室ほどいじめが少ないという研究結果もある。
校則にしばられる生徒たち―浮かび上がる学校の歪み(6)校則といじめの関係 https://www.kyobun.co.jp/article/p20190724より)

残念ながら伝わった実感はありません。 これ以上、お伝えすることは子どもの学校生活に対するリスクを増大しかねません。

それでも、親としてできることは、子どもが自分の判断力を育て、自らの選択に責任を持てるよう見守ることです。 私たち親が学校や社会のルールを尊重しつつ、子どもたちがその中でどう自分らしく生きていけるかを共に考える姿勢が大切です。

追記 2024年10月31日

生徒の報告によると:

  • 学校に来なくなった生徒がクラスに3〜5名いるそうです。その理由については不明とのことです。
  • 学級崩壊しているクラスもあるそうです。

対話の大切さ

「近代教育思想の祖」と言われるルソーは、「大人があれこれ教えるよりも、子どもたちが自発的に行動し、大人はあくまでもそれを援助する存在であるべきだ」とする消極的教育を主張しました。この考え方は、学校が単なる指導の場ではなく、生徒の自主性を育む場であるべきだという理念に基づいています。

しかし、「カロリーメイトを持ってきてはならない」といったルールが強制される状況は、他者と対話しながら現実的なルールを自主的に決定し、自律的な意思決定を訓練する場としての学校とはかけ離れています。このような一方的なルールの押し付けは、生徒の自発性や自主性を損ない、対話を通じて問題解決する機会を奪います。

対話を大切にすることが、健全な教育環境を作るために不可欠です。意味や状況、関心のねじれを解消し、相互理解を深めることで、学校はより良く機能するでしょう。具体的には、以下のような対話の実践が重要です:

  1. 生徒との対話:生徒の意見を尊重し、建設的な議論を促進することで、彼らの自主性を育む。
  2. 保護者との対話:保護者の意見を聞き、共に解決策を模索することで、家庭と学校が連携して教育を支える。
  3. 社会との対話:社会の変化や風潮を理解し、それに応じた教育方針を採用することで、学校が時代に即した教育を提供する。

これらの対話を通じて、学校は生徒や保護者と共に健全な教育環境を築くことができます。

『対話大全』には、対話の具体的な方法やルールの決め方について詳細に述べています。ぜひお手にとって、ご参照ください。

おわりに

この記事では、ある中学校でのカロリーメイト禁止問題を通じて、学校と生徒の対話の重要性について考えたひとつの意見にすぎません。もし非難の印象を受けたとしたら、それは私の表現不足によるものです。

親として、子どもたちが通う学校に対する愛情と感謝の気持ちを強く持っています。能力も高く熱心な先生たちに心から感謝し、子どもたちがのびのびと育つことを願っています。

リンク


  1. カロリーメイトのように、からだに必要な栄養素がたくさん入っている食品は「バランス栄養食」と呼ばれています。ほかにも「栄養調整食品」や「栄養補助食品」という呼び方がある通り、 「バランス栄養食」とは、栄養素がバランスよく調整されていて、からだに必要な栄養を補ってくれる食品のことを言います。 (マメ知識|カロリーメイト|大塚製薬より)