ari's world

あるかどうかわからないけど、あるみたい。ありがとう。

二分の一成人式の参観メモ

二分の一成人式の参観メモ

地元の公立小学校に通う自分の子どもの二分の一成人式を参観する機会を持った.二分の一成人式がどのような内容であったのかメモしておく.

参加した二分の一成人式の内容

私の子どもの二分の一成人式が開催されたので参観した,まずそれぞれの児童が発表を行い,次に代表児童とその保護者が前に立ち代表として感謝の意を表し,最後に児童全員で合唱した.自分の考えたテーマについて発表資料をプレゼンテーションソフトを用いており,力作ばかりであった.全体を通じて,私も含めて涙を流す参観者が多かった.

二分の一成人式では,子どもたちが主体的に決定し動いていた.式の司会進行も子どもたちが行なっていた.全体のテーマも子どもたちで考えたとのことである.担任の先生は,スライドの操作や合唱の指揮などの支援に徹していた.

  • 多様な生い立ちと目標・夢:子どもたちの発表は多様であり興味深かった.大きな病気や病気や取り組みや.未来の夢もいろいろであった.たとえば,未来の夢は「(YouTubeのコンテンツを制作し配信して収入を得る)ユーチューバー」と発表し,さらに「ユーチューバーが売れないときのため,会社員をやる」との話に現実を見ていると感心した.それぞれの過去や目標(夢)を語った.大きな怪我をしたこと,いろいろな国に住んだこと,夏休みはフランスの学校に行く児童や,モンゴルに行く児童など,多様な生き方を知ることができた.
  • 発表:発表については,電子黒板が導入されたこともあり,プレゼンテーションのスライドを作成するソフト(Microsoft PowerPoint)を用いていた.自分が気に入った写真を貼り付け,分かりやすい構成やデザインを考え,文章を考えていた.アニメーション機能を多用しすぎな感もあったものの,それは素晴らしいものであった.
  • 感謝の言葉:代表児童が,自分の親に対して感謝の言葉を述べた.さらに,それぞれの主だった発表内容については,自分の生い立ちやイベント,学校での経験,将来の夢や目標だった.そのため,児童の全員が親に対する感謝を強制されわけではなかった.むしろ,子どもたちや先生も,センシティブな状況にいる子どもたちについては,丁寧に取り扱っていることを感じた.
  • 参観者二分の一成人式の参観者,通常の授業参観より人数は多いものの,参加できなかった家庭もある.通常の授業参観と同じように,それぞれの家庭の状況や方針によって決定した.

それぞれの関心について丁寧に準備し,それを発表する会であった.特に,子どもたちはプレゼンテーションツール(パワーポイント)の資料を用意し,司会や挨拶,合唱などを通じて子どもの成長を楽しく参観した.

よかったこと

  • 子ども自身で,自身の10年をふりかえる機会:学校では,漢字や計算問題のように教科書や指導要綱をベースに授業を進めているため,自分自身について振り返る機会は多いとは言えないだろう.しかし,二分の一成人式では,小学校に入る前の生活や小学校に入ってからの生活について貴重な機会であろう.
  • 子ども自身で,自身の未来を考える機会:インターネットやテレビなどの環境に影響を受けているとはいえ,"ユーチューバー"のように自分ならでは未来像を考えていた.小学校では,文章を書く機会を増やしているとはいえ,自分の未来像を考える機会はそれほど多くはない.これから,中・高校という多感で,その後の人生に影響を与える大切な時期を迎える.この大切な時期を迎えるにあたり,自らの未来や夢を考える貴重な機会であろう.
  • 子ども自身の考えを発表し,他の子どもたちの考えを知る機会:今の子どもたちは,様々な環境で生きてきた.友達同士での会話や授業でのやりとりではわからない.過去に大きな病気や怪我をした児童,夏休みはフランスの学校やモンゴルに行く児童,お菓子職人を目指す児童など,他の児童の多様な経験や夢を知る貴重な機会であった.
  • 協力してことと準備することを経験する機会:このように子どもが自分自身の過去と未来について考え,自分たちの手で成功させるため数カ月もかけて準備していた.方針づくりや司会進行はクラスのみんなと相談し,合意形成することを経て経験できる.むろん,自分たちで取り組むように進めた担当の先生の指導や,その環境づくりの保護者や地域の関係者,他の先生たちの応援もあっただろう.二分の一成人式を成功させることも通じて,このように準備することや協力することも合わせて経験し,学ぶことができるだろう.

考慮すべきこと

ウェブの記事を見ている限り,配慮すべき事柄があるようだ.二分の一成人式において「プライベートへの配慮」と「公教育としての必要性」が主だった懸念点のようである.

プライベートへの配慮

考え直してほしい「2分の1成人式」――家族の多様化、被虐待児のケアに逆行する学校行事が大流行(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュースには,このような記述があった.

2分の1成人式では,親への感謝の手紙は定番である。「お母さん,ありがとう」「お父さん,お仕事がんばって」とお決まりのセリフを,子どもたちは書くことになる。ここで何よりも問題なのは、「親は感謝されるほどに、子どもに尽くしているはず」という幻想が、式全体さらには学校教育全体を覆っているということである。

こちらでは,虐待されている子どもが感謝の気持ちを強制させることが問題提起されている.この指摘の通り,多様な児童と家庭環境があるため,その配慮は必要であろう.しかしながら,私の参観した授業において代表児童のみが感謝を述べるなど,すべての児童が感謝する必要がなかった.このような回避策や運用上の留意点について,議論や連携が進むことによって,問題が回避されることが期待される.

ただし,そもそも虐待や育児放棄は,大きな社会問題である.二分の一成人式における表現で回避したとしても本質的な解決には至らない.こちらは「親に感謝すべきかどうか」についての表現の問題ではなく,本来的な適切な親子関係や家族関係の議論を継続する必要があるのではなかろうか.

さらに「お決まりのセリフを書かせる」という教師については,子どもの持つ意見や気持ちの表現を支援する教育技術が不足だった可能性が考えられる.このような教育技術について,研究や実践が豊富であり,ワークショップや研修が容易な領域である.そのため,このような技術が不足している教師がいるのであれば,指導側の理由や状況の把握すると同時に教師への研修や指導を含めて学校や行政として対応する必要があるだろう.

むしろ子どもの虐待や教師の指導技術の問題を,二分の一成人式で配慮するだけの問題に矮小化してしまうのではないかと心配してしまう.むろん,二分の一成人式においても配慮すべき事柄はあるため,二分の一成人式を含む取り組むべき問題をしっかり見極めていきたい.

公教育で行うことかどうか

元小学校教員が挙げる、2分の1成人式を即刻やめるべき5つの理由 – トウマコの教育ブログには,”公教育は、様々な家庭状況や学習環境にある児童がいるなか、「学習のスタートラインを揃えること」で平等な学習の機会を与えるべきもの”として,公教育で行うべきではない,と主張している.

私自身は教育者ではないため公教育で行うべきことかどうかはわからないが,教育の範囲であるかどうかは,たとえば,教育基本法の第二条(教育の目標)から考えてみる:

二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。 三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

二分の一成人式は,この教育基本法における教育の目標と合致する.具体的には,二分の一成人式は,教育基本法における「個人の価値の尊重して,その能力を伸ばす」「創造性を培う(つちかう)」「自主および自律の精神を養うこと」「主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」に即している.この二分の一成人式の目的を,親のためだけの行事であると置くことは,狭い範囲に規定し過ぎている感がある.児童自身が,自分の人生をふりかえり,夢や目標を確認する機会,発表する機会であるとも考えると十分な教育効果があると考えられる.

特に,「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」(参考:こう変わる!大学入試 ~2020年度からセンター試験に代わる試験を実施~|Kei-Netが重視されつつある時代において,児童の多様性や主体性,協働性にシフトすることは,当然の流れであろう.つまり,二分の一成人式を公教育で行う選択肢は十分に妥当であろう.

この二分の一成人式という授業を参観可能にするかは,地域連携や家族連携の大切さの中で行われることに,別段の違和感は覚えない.身内の不幸は,人間が生物であるかぎり,どの家庭でも必ず発生し直面する.どのように発生した不幸とつきあっていくのか,これからも引き続き大切な課題であろう.

おわりに

二分の一成人式は,9割が満足! 親子で感涙する「2分の1成人式」とは!?|ベネッセ教育情報サイトにあるとおり感動的なだけでなく教育効果が期待できる取り組みであると感じた.子どもたち自身で,このような式を運営し発表することに改めて感心した.

  1. 二分の一成人式に限らず,苦しむ子どもには配慮と取り組みが必要である.
  2. 親を喜ばす目的ではなく,それぞれの子どもが今までをふりかえり,目標を考える節目となる学習である.
  3. 子どもたちが自分たちの目的や目標を確認し,多様性を尊重することと勉強の動機を得る機会である.
  4. 運動会や学芸会と同様に,公の教育で行う妥当性はある.

子どもから親への感謝だけでなく,親から子どもへの双方向の感謝が生きていく上で大切である.たとえこの世に生を受けても,何らかの理由により10歳になれず,二分の一成人式を迎えることができない子どももいる.二分の一成人式に参加する子どもたちは無事に成長し,式に参加できた子どもたちである.ありがたいことではないか.

これから,子どもたちが,まだまだ知らない職業はたくさんあるし,これからも新しい職業が出てくるだろう.仕事や生活そのものが変わってしまう可能性も捨て切れない.生き延びるのが困難な時代を迎えるのかもしれない.それにもかかわらず,これからも子どもたちは,楽しみながら貪欲に学び,のびのびと成長してほしい.

父より.

f:id:masanari:20170606175428j:plain