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チームの育て方(2):アウトプットの育て方(レビューやコメントなどフィードバックする方法)

複数のメンバーで、プロジェクトや業務を推進していることを例にとってみよう。 そのときに、様々なレビューやコメントなどの機会にフィードバックがされている。 そのレビューやコメントなどのフィードバックが効率的であると、高いパフォーマンスを発揮する。

なお、レビューの一種である正式なインスペクションやウォークスルーなどは、今回のスコープに含まない(もしくは、後で書く)。 本記事においては、当事者のアウトプットに対して、何らかの意見や提案を行うことをフィードバックとし、コメントやレビューなど同列に扱っている。

適切ではないフィードバックは、効果が少ない

チームで作業をしているプロジェクトにおいて、適切ではないフィードバックを続けると、チームとしてのパフォーマンスが大幅に落ちてしまうのだ。

たとえば、こんな感じだ:

  • メンバーの作成したドラフト文書に掲載されていた写真が趣味に合わなかったらしく、「ここはダメだ!」と机を叩くように指摘する。
  • 手があいたので発表資料のドラフトを作ったところ、事前に相談がなく着手したことが性格の悪さと能力の低さについて半日近く拘束して指摘する。
  • 本番直前の準備中にテンパっているようなときに、本番には関係のない質問をし、その回答に配慮が感じられないことを激しく指摘する。いかに傷ついたかを説明し「共感などできない!」と至らなさを指摘する。
  • 共有フォルダにある作業中のファイルを見つけ出し、そのファイルに自分の意図と違っていることについて何度も何度も(使い勝手の改善などではなく)不満を伝え続ける。

いろいろなフィードバックをいただくことは、とてもありがたいと言えよう。 修正し、より良い状態にできるからだ。

しかしながら、上から目線でフィードバックを返すことは非効果的であることが多い。 たとえ、適切な内容をフィードバックしたとしても、そのような態度であれば、感情的になりやすく、プロジェクトはスムーズに進まない。

勘違いするのは仕方のないし、それを適切に修正できる機会を得られるのはプロジェクトとしても有用であるにも関わらず、チームメンバーが萎縮しやすくなり、萎縮しないとしても、発言者に対してフィードバックが遅くなる。

友人や編集者、コンサルタント、教師、コーチは、その時点での私の問題とはまったくかけ離れた提案や申し出をする場合が多い。そうした人々をできるだけ穏やかに無視しても、勝手に私を助けようと決めた人は、苛立たしげな口調でこんなことを言う場合が多い。自分は役に立とうとしているだけなのに、支援を受け入れようとしないあなたはどこか間違っている、と。[シャイン]

フィードバックと権力との関係

「支援者の役割を演じると、たちまち地位と権力を得る。[シャイン]」とあるように、フィードバックする側は、立場と権力が高くなりがちだ。 そのことを利用し、自分の自己顕示欲を充たすためにフィードバックを行うと、そこには健全な関係性が消失し、チームが壊れやすくなる。

一方的な関係性を終わらせるために受けたフィードバックが役に立たないことを伝えることも、同じようなジレンマを持っている。

それゆえ、まずはフィードバックする支援者の重要さや大切さを認識することがスタートになる。 また、効果的でないフィードバックを受けたときも、より効果的にするため、チームとして取り組むことになる。

レビューやコメントなどフィードバックの仕方

とても役に立つフィードバックをされる方々がいる。 その方々は、どのようにフィードバックを返しているのかについても観察してみた。

ポイントは、状況やレベルに合わせた適切なコミュニケーションをしている。レビューやコメントなどのフィードバックをするとき、以下のようにすると効果的だ。

  1. 経験と実績の積み上げ

    経験のないコメントは、薄っぺらで説得力のないものになりがちだ。 教科書の朗読を聞いているような気分になってしまう。 単純な知識であれば、インターネットで検索すれば出てくる。

    豊富な経験を積んだ人からの話しは、一般的でなくても引き込まれることが多い。 じっくりと経験を積もう。

  2. よい人間関係

    険悪な雰囲気では、効果的に意見を伝えにくくなってしまう。 目的は、その人の欠点を指摘するのではなく、あくまで良い成果物を得ることだ。

    イソップ寓話『北風と太陽』の北風のように、いくら北風が吹いてもコートを着るように防御されるだけだ。 それよりも太陽のようにリラックスしたほうが効果的だ。

    ただし、「共感や尊敬をするようにした(=してやった)」とすると、その部分が鼻について逆に微妙なので、その人に興味をもつぐらいが自然でよい。 たいていの場合、事実を伝えることは批判的に感じられやすい。 一緒に問題を解決するような公平で平等な関係を維持することが効果的であることが多い。 正しい指摘ほど効果的に伝えよう。

  3. 共通言語の取得

    価値あるアウトプットをするためには同じような問題意識や文脈の理解があると、より効果的なコミュニケーションが実現できる。 同じ書籍を読んだり、辞書やパターンを作るなど、共通言語を獲得しよう。

  4. 問題、背景や状況の理解

    解こうとしている問題や状況を理解していない段階でのコメントは双方にとって効率的ではない。

    上から目線で、激しくとんちんかんな批判をするほど滑稽なことはない。 まずは問題の本質や理由、その背景を理解し、双方で力を合わせて問題を解決に向けるように考えると効率がよい。 問題や状況が読み取れないときは、素直に質問すればよい。

  5. 大切なポイントから指摘

    品質や納期などの状況によるが、大切な点でないと、無駄な時間を過ごしてしまう。 フィードバックをもらう側も、すべての点に対して対応できない場合もある。

    大切で重要なポイントから、指摘することによって限られた時間を有効に使える。 タイプミスやスペルミスのような小さな間違いは、まとめて指摘しておく。 逆に、完璧を要求されるような場合でなければ、ポイントではないことについては、指摘しないことも視野に入れよう。

  6. 定義や言いたいことと具体例

    長くて冗長な説明は、聞く人に苦難を強いる。 具体例だけでもわかりにくいし、定義や言いたいことだけを伝えてもわかりにくい。

    逆に知識が共有されていないときは、定義や説明だけしても、言いたいことは伝わらない。

    そこで、明確な定義など言いたいことを示し、次に具体例で説明し、最後に言いたいことを簡潔に示す。 たとえば、フィードバックを例にとると……フィードバックとは、何らかのアウトプットに応じて、適切な情報を付加して、インプットとすること。たとえば、ある成果物について気づいたことを教えることも、フィードバックになる。このようにフィードバックとは、何らかのアウトプットに対して情報を返すことだ……のように、具体例をサンドイッチのように包むことだ。

  7. 当事者の尊重

    あくまで問題を抱え、解決できるのは当事者であって、コメントやフィードバックを与えている人ではない。 それだけ知っている事柄であったとしても、それは当事者の問題ではない。 あくまで、当事者が当事者として取り組むべきことである。

    当事者の意見を尊重するために、コメントは質問の形を取ることも多い。 また、コメントやフィードバックが反映されなかったとしても、おおらかな気持ちにする。

基本的なスキルとして

多くの場合は、自立的に動いているが、ビジネスやコミュニティ、様々な状況で、コメントやフィードバックを行う機会がある。 その基本的なスキルとして、的確なフィードバックをできるよう、チームとして成長していきたい。

参考文献

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Image : http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Field_in_Kärkölä.jpg


追記

スポーツは、観戦するより、実際にやってみることが好きだ。 たとえば、野球をやってみると、ボールを投げることですら、難しいことがわかる。 走ってみると、速く走ることは難しいことがわかる。 職人も同じだ。たとえば、職人は簡単そうにやっているけれど、餅を切る、という誰でもできそうなことも、試してみると力も技術も必要なことがわかる。 しかし、無責任で攻撃的な批判や批評によって、その実施者の良さを削ぎ、最終的には自分自身の首を絞めているようにも見える。 実施者にとって、適切なフィードバックを選び取ることは難しい。